私のふるさと

 私は、福岡市の姪浜に生まれ、父の仕事で、3歳の時に北九州市小倉南区へ移ってきました。初めは、団地に住んでいたのですが、小学校6年生の時に、両親が志井に家を建て、そこへ引っ越してきました。写真は、地元を流れる、志井川の春の写真です。桜並木が、まるで幻想的な映画の世界のように佇んでおり、その中を歩くと時間の流れを忘れてしまいます。

 私は、語りの仕事で、志井の皆様にお世話になったことがあります。公民館のシニアの昼食会で語りをさせていただいたのですが、その中でも、特に印象に残っている思い出があります。それは、ある素晴らしい詩を即興で読んでいただいたことです。おひとりおひとり、お声も違うし、読み方も違う中、一行ずつ担当していただき、あるワンフレーズだけを全員で読むという形式で行ったのですが、これが、これ以上ないくらい完璧な一体感を生み出したのです。皆さんは、普通に読んでくださっているだけなのに、それが、なぜかお一人お一人の人生が伝わって来るかのように、味わい深く胸に響いてきて、壇上にいる私は涙がこみあげてきました。そして、この奇跡のような一体感が、図らずも生まれ出たことに、私は大変感激をいたしました。

 また、あるときは、「赤とんぼ」をみんなで歌うコーナーを設けた時がありました。そのときに、偶然ですが、ハーモニカをご持参のお方がお二人もいらっしゃいました。これもひとつの奇跡です。皆様の歌に合わせて吹いてくださった、郷愁あふれるハーモニカとの合唱も懐かしくて忘れません。

 この昼食会は、ボランティアさんが中心になって、熱心に活動をされていらっしゃいます。そのボランティアさんが作ってくださる昼食を、会が終わったあとに頂くことが、私のひとつの楽しみでした。栄養バランスを考えた手作りの美味しいごはんは、ボランティアの皆様や会員の皆様の笑顔と同じ、私にとっては、心が温まる贈り物でした。

 美味しいご飯をいただきながら、ふと、人は、土地につくのではなく、その土地の人や思い出につくのかもしれないと思いました。北九州を若き日に飛び出した私ですが、ボランティアの皆様のおかげで、今では志井が大好きになりました。ふるさとを好きになれるというのは幸せなことです。愛する熊本も、早期復興することを切に願いたいと思います。                                                                           

 

常にパイオニアでありたい