~心の原風景を求めて~

 

 10年以上前の出来事です。

 ソロコンサートを行った或る外国人オペラ歌手が、アンコールで「赤とんぼ」を歌い始めました。優しい包容力のある歌声で1番を歌い終えた彼女は、両手を大きく会場に広げて、2番を観客の私たちに渡しました。

 その瞬間です。ほとんどを女性客で埋められた会場全体に、懐かしい「母」の声が響き始めました。その声は、女性が持っている「母性」そのものであり、人によっては「母」という自分自身であり、そして一人一人の「母の記憶」でもありました。子供時代に歌い習う「赤とんぼ」が、「母」の姿で立ち現れてきたのです。

 東京で一人、母も故郷も忘れ、必死にもがきながら生きていた私の目から、突然大粒の涙がこぼれました。一緒に歌うこともままなりません。

 すると、そのうちに「母」と共に甦って来た個人の漠然とした記憶のようなものが、全体のハーモニーによって、私が実際に見たことのない、「赤とんぼ」の歌詞がもたらす心の原風景へと変わっていきました。それは「夕焼け」であり、「子供時代」であり、「山の畑」であり、「姐や」であり、懐かしさと切なさと哀しさがない混じったその郷愁は、「母」の声の温もりと共に会場全体を包み込みました。

 

 私たちは、生がもたらす時代を超えた記憶のイメージを共有することができます。一人一人の個が、合唱を通して一体となった時に生まれたこの心の原風景を、私はもう一度体験してみたいと思いました。そして、おんぼろのアパートに帰り、一人布団をかぶって泣いたあの時と同じように、また家で一人泣いてみたいのです。喪失感にまみれた寂しさと、確かに受け取った愛の記憶と、今生きているという実感と共に。

 

みんなで声を出そう 「赤とんぼ」に寄せて  夢語り千夜 靜

 

常にパイオニアでありたい